metaphorium

面白いと思った本(主に小説)の書評を書いていきます。

【書評】心を打つSF短編集『ケン・リュウ短編傑作集1 紙の動物園』(ケン・リュウ/古沢嘉通編・訳/早川書房)

ケン・リュウは1976年生まれの中国系アメリカ人の作家で、2012年に『紙の動物園』でネビュラ賞ヒューゴー賞世界幻想文学大賞の史上初の三冠を達成した。

彼の作品はファンタジー要素の強い幻想的な作風のものからSF色が全面に出たものまで幅広く、とても多様性に富んでいる。それはケン・リュウ自身が、弁護士でありながらプログラマー、翻訳、そして文筆活動と多岐に渡った活動をしていることとも無関係ではないだろう。

 

『ケン・リュウ短編傑作集1 紙の動物園』では、表題作「紙の動物園」の他に6つの短編が収められていて、どれも幻想的な文章の美しさや、SF的な発想の飛躍で楽しませてくれる秀逸な作品だ。

 

しかし、彼の作品の良さは、そういった技巧やアイディアの魅力だけではなく、それ以上に人物の細やかな心情を巧みに描いていることにあると思う。本短編集に収められた作品は、ユーモラスな雰囲気を醸す恋愛小説や親子のすれ違いの悲劇、人に言えない残酷な事実を胸の内に秘める男の苦悩など様々だが、どれも心を打つ素晴らしい作品だ。

 

彼の作品は中国系アメリカ人という彼自身の出自の影響が色濃く表れていることも特徴の一つだ。中国や東アジアにルーツを持つ人物が多く登場し、舞台もアメリカを除くと中国や日本、台湾などの東アジアの国々が多い。そして、短編集全体にわたってアジア人に対する蔑視や、欧米の文化帝国主義文化大革命や台湾の2・28事件などのアジアの負の歴史といったテーマが偏在している。

作中の多くの人物たちは、人種に基づく偏見や悪意、過去の歴史的な悲劇によって過酷なシチュエーションに置かれている。そして、あるものは立ち向かい、あるものはさらなる非情な運命に押し流されてしまう。作品を通して、ケン・リュウは、僕たちの生きる世界の、歪さや不自由さ、残酷さを鋭く描き出している。

 

それでも、僕はケン・リュウの作品群の奥にあるのは、人の魂の暗さではなく、勇気や正義、愛といった人の心の明るさだと思っている。次の文章は、本短編集で最後に収録された「文字占い師」の、台湾に住む中国人の“テディ”とアメリカの少女リリーの会話の場面からの引用だ。

 

「いつか、もっと大きくなったら、アメリカへ行ってレッドソックスでプレーするんだ」水牛にまたがっているリリーのほうを振り向きもせずに、突然テディが言った。

(省略)

まあ、そうなったらほんとにワールドシリーズと呼ぶにふさわしいね、とリリーは思った。中国人の男の子がほんとにそんなことを実現するかもしれない。

「それはとっても大きな夢ね」リリーが言った。「そんなことが起こるといいね」

 

彼らが生きた1960年代には、アジア人がメジャーリーグワールドシリーズに出場するなんていうことは到底考えられなかった時代だった。しかし、現代に生きている作者や僕たちはアジア出身の選手が当然のようにメジャーリーグで活躍し、ワールドシリーズへの出場さえ果たしていることを知っている。

「文字占い師」はこの短編集に収録された作品の中で、一番峻烈な、暗い気持ちになってしまう作品で、読み終えたとき、ひどく暗い気持ちなってしまった。それでも、リリーの言葉は、世界は少しずつよくなっていることを感じさせてくれた。

 

本短編集は「短編傑作集」と名打たれているが、その名に恥じない一冊になっている。幻想文学やSFは、「好きな人は好き」という傾向が強いジャンルかもしれないが、普段そういったジャンルを読まない人も抵抗なく読めるんじゃないかと思う。ぜひ手に取って読んでもらいたい。